5-3. 帯広から池田・長節沼へ


1992-8-15 (金) くもりのちはれのちあめ


帯広カニの家にはいい人がたくさんいます。町内会テントに畳をならべただけなので狭いため、すぐにみんな仲よくなってしまうからでしょう。でも水とトイレが不便でした。あれ?結局文句しか言ってないような気がする (苦笑)。雨つゆをしのぐためだけにシュラフでゴロ寝するならやっぱり駅がいいな。水とトイレが便利だもんね (それがメーワク ?!)。

道内一といわれる帯広花火大会も見たかったのですが、太平洋岸の沼めぐりに行きたかったので今日、出発します。

池田まで十勝川沿いに堤防の上を走ろうとしますが、途中で道に迷って国道に入ってしまいました。このあたりは車が多いのでラジオを聞きながら走ります。なんとな〜く池田に着き、池田の郵便局前で荷物を広げて整理していると、カニの家で同泊していた水戸のワンゲルくんに再会します。ちょうどいいので椎名誠などの読み終わった文庫本を彼に一冊 100 円で売り払い、いらなくなったサドルバッグなどの荷物に十勝ワインをつけて実家に送り返します。

池田のワイン城

ワイン城 身軽になったのでまずは水戸のワンゲルくんと池田のワイン城に行き、眺めのいい庭の芝生でビールを飲みます。続いて水戸のワンゲルくんにワイン城の城壁を登らせたりして遊びます。なるほどー、軟弱なワンゲルの合宿を蹴ってきただけあってワンゲルくんは岩登りがうまい。スルスルと 5 m ほど城壁を登ってしまいました (よい子はマネしないよ〜に)。

水戸のワンゲルくんの情報によると池田駅前にはバナナまんじゅうというあやしいお菓子があるそうなので行ってみます。喫茶店に入り実際に注文してみると、ただのバナナ型の白あんのまんじゅうですがバナナのにおいがします。店はいちおう喫茶店ということなのですが、店内にはガラスのショーケースを並べたおみやげ売り場があり、喫茶店のくせにジンギスカンなどの定食もあり、店内にたちこめるバナナのにおいと相まって独特な雰囲気があります。

ばななまんじゅう サッポロサイダー
水戸のワンゲルくんと池田銘菓・ばななまんじゅう なぞの "サッポロサイダー"

さらに水戸のワンゲルくんと豊頃 (とよころ) まで、線路と十勝川の間を通る道道 (県道ではなく道道 (どうどう) ね) を行きます。この道はアップダウンがなく、車もそれほど多くありません。堤防の横に畑を眺めながら快調に走ります。Nifty のまさやん (-●-●-) はアップダウンのある左手の道をニコニコしながら走ったんだろうなぁ (練習好き)。

豊頃でサッポロサイダーというレトロな瓶のジュースを見つけて記念撮影をし、釧路に向かう水戸のワンゲルくんとわかれます。十勝川を渡るときに「ハルニレの木」という名所 (?) に行ってみますが、ただの大きな木にしかみえません。そのあたりにたむろっていた熊本大 C.C. の人と「北海道の寒さをナメてました」などといって今年の夏の寒さに反省します。

十勝川の堤防の下を河口に向かっていきますが、風景が単調なうえに向かい風が吹いてきて、私はだんだんきげんがわるくなってきました。ためしに堤防の上に上がってみると、砂利道ですが広い (幅 25 m !) 堤防の上に見晴らしのよい一本道がのびています。渡し船があるところまでこの道をいくことにします。途中、白いものがちらと動いたのでそちらをみると、タンチョウヅルが 2 羽飛んでいくのがみえました。なぜか広い (幅 60 m?) 川を渡って向こう側の堤防のさらにむこうまで飛んでいっていまった。どうして?

渡し船

ワイヤー式渡し船

さて、十勝川にいまだに残っているという渡し船があるところに着きました。しかし、舟は川岸に縛りつけられたままでそれらしい人は見当たりません。近くで釣りをしていた若夫婦にきくと、旦那さんが、

「ここの渡しのオッサンは退職したっていってたよ。このまえテレビでやってたよな〜、オマエ。」

とのこと。このへんではテレビに出るほど有名だったンですね。標識によると渡し船にかわる新しい橋の開通は 1992 年 12 月とありました。でも、それまではどうするのかしら? 渡しの場所に上がっている赤旗 (運休中の意味) は川が増水しているからとおもったのですが、残念です。

渡しで会ったレーパン、レーサージャージのマウンテンの人に 5 月のまさやん (-●-●-) の話 (内地の人間は北海道の寒さをナメてる) をすると、彼は道内の人間だが道北の寒さをナメていたとか。ちゃんちゃん。彼と R336 の分岐まで走ります。

十勝発祥の地

十勝発祥の地 私は漁港がある大津まで道道でいきます。大津には十勝川の河口にかけたのでしょうか、大きな橋がかかっています。湿原のなかをぬけ、潮のにおいがすると、「十勝発祥の地」という石碑がたつ T 字路にでます。なぜそういうのか、理由が知りたかったのですが、説明のようなものはありません。一説には十勝の開拓は十勝川沿いにさかのぼるようにして行われたからといわれています。

さて、これから私が海岸沿いに進む方向を見ると、強い南風で潮が吹き上げられて濃い霧のようになり、なんと真っ暗です。この先の崖が折り重なっているあたりの陰気な海岸は人影も人家もまるで見当たりません。どうしてこんなところにきてしまったんだろう、こわいよう。気分はさいはての地です。あまりの恐怖で大津の町で買い物をするのを忘れて走りだしてしまいました。

しかし、このこわい海岸にはわざわざテントを張って釣りをしているひとがたくさんいます。ほぼ 10 m おきにテントがあります。波があと 30 cm 高ければ流されてしまいそうなところにたててあるテントもあります。なにがおもしろいのでしょう。気温 17 度。海から吹き付ける霧で T シャツはべっとり。昼間なのに暗くてウスラ寒い。こわいよう。

さいはての岸壁の下を走り、湿原が広がるようになると、そこは長節沼 (ちょうぶしぬま) です。花の盛りは過ぎたようですが、湿原には紫の花が咲いています。おなかから首にかけてアカムラサキ色をしたきれいな小鳥が枯れたウドにとまっていました (ベニマシコ)。

お盆のせいかこのウスラ寒い中、長節沼のキャンプ場はたいへんな混雑です。夜には吹き上げモノの花火であやうく私のテントが攻撃されそうになりました。夜の 1 時ごろには近くの浜で 4 輪のサンドバギーの競争がはじまりました。この夜、私は耳栓を買う決意をするのでした。

バギー

このバギーらしい


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